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短文散文とかうっかり萌えた別ジャンルとか管理人の電波とかをひっそりこっそり。

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あなたがわたしにくれたもの

2015/07/18 (Sat) - 未選択

異三郎と信女。
550訓によせて



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 髪を、伸ばす気などなかった。それは彼を苦しめるだけだと思ったから。あの不器用で仏頂面で優しくてそこぬけに馬鹿な男は、娘の仇にそれでも娘の面影を見つけてしまうと思ったから。
 私は道具に徹するつもりだった。元よりそれ以外の生き方など知りはしないからそれは当然で、彼も当然道具として扱いだろうと思っていた。
 なのに。
「おや、結構伸びてきましたねぇ。今度私の行きつけの床屋へいきましょう。何、心配はいりません。以前は城中で姫様の御髪も整えていた、エリート中のエリート理髪師ですからね。何も言わずとも、エリートに相応しい髪形に仕上げてくれますよ」
 縁側に並んで腰掛け、ザンバラの髪を鼈甲の櫛で梳きながら彼は笑った。
 それは黄昏時の夕陽のように暖かくて寂しくて、すぐに消え溶けてしまったから、私は何も言えなくなった。
 私は貴方の娘じゃない。その一言がどうしても言えなかった。私の中に娘を見ているだろう彼を傷つけたくなかったのか、当然でしょうと言われて私が傷つきたくなかったのかは、もうわからない。
 結局、髪は長さを保ったまま綺麗に切り揃えられ、手入れされた。
 彼も髪を切っていた。隙なく結われた髷を落とし、似合いますかと笑ってみせた。
 彼が心の中でまた一つ、何かを捨てたのだと知った。
 耳元でサラサラ音を立てるほど艶めいた髪を見て、彼はお姫様みたいですねとまた笑い、私の頭をぽんと撫でた。
 何もかもをなくした彼は、いつしか何もかもを奪った私の前でだけ笑うようになっていた。

 私は髪を切れなくなった。

 私はそれを、私に与えられたものだとは思わなかった。優しく頭を撫でる手も鼈甲の櫛も髪がサラサラになるシャンプーも、文字の手習いも行儀作法の煩い小言も舶来の甘い菓子も、全て『あの子』が貰うべきものだった。でも『あの子』はいなくなってしまったから、仕方なく人形の自分に注がれているだけなのだと思っていた。思わなくてはならないと思い続けた。
 けれど。

『信女さん』
 どこかに沁みる、低い声。
『信女さん、会議終わったんですが……もしかして寝てます?』
 呆れ混じりの、優しい声。
『起きて下さい信女さん、帰りますよ』
 愛おしむような、彼の声。
『信女さん』
 私の名を呼ぶ、貴方の声。

 ねぇ異三郎。
 おとうさん。
 それは私のものだったのだと、私がもらったものなのだと、思って生きてもいいですか。


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