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短文散文とかうっかり萌えた別ジャンルとか管理人の電波とかをひっそりこっそり。

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2025/04/30 (Wed) -

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不忠者。

2010/09/08 (Wed) - 未選択


戦国/BASARAでアニバサ弐9話後の捏造SS。
某赤い人ばりに滾ってガサガサ書いただけなので、本当色々すみません。
小政前提の松永×小十郎風味です。本当、色々すみません(二度目)


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「がっ…!か、はっ……!」
 腹筋と胸筋の境目、急所の一つである鳩尾へと硬い足先が食い込んだ瞬間、小十郎の喉から溢れた潰れたような呼気が、冷えた座敷牢に反響した。
 それでも、無様な悲鳴だけは上げまいと歯を食い縛り、畳に爪を立てた小十郎の無防備な身体へ、更に二度、三度と容赦のない蹴りが叩き込まれる。
 常人より遥かに鍛えた体躯と、身についた受身の術によって、どうにか内臓への損傷は免れているが、しかし相手は殺戮を生業とする生粋の忍。体術だけなら小十郎を軽く上回るだろう生ける刃の攻撃に、ミシリと骨の軋む音が体内から鼓膜へと伝わった。
 だが、それでもこの男にしてみれば、児戯にも等しい手心を加えているのだろう。小十郎が内心そう自嘲したとき、それを見計らったかのように、もうよい、と鷹揚な声が響き、決して致命傷にはなり得ぬ暴力の嵐がぴたりと止んだ。
 肺腑を攪拌されるような衝撃に、床に突っ伏したまま数度咳き込み、ゆるゆると顔を上げれば、自分を睥睨する灰色の瞳と視線が交差して、小十郎は血の味がする奥歯をギリ、とかみ締めた。
「…っま、つ…ながっ……!」
 こんな風に己を見下ろしていいのは、己が傅くのは、今生ただ一人と誓っていたが故、その主以外の足元に跪いているという状況に、耐え難い屈辱と怒りが腹奥から込み上げる。
 だが、小十郎が一瞬でも起き上がろうとすれば、傍らの忍によって再び無様に床へと沈められることは自明の理で。
 奪った刀もすぐさま弾き飛ばされ、完全な丸腰である小十郎に出来たのは、決して屈さぬという意思を込めた射殺すような眼差しで、松永を見上げることだけだった。
 そんな小十郎の視線を受けながら、松永はくつくつと愉快げに喉を震わせる。穏やかで品の良いとすら言える、しかし鼠を甚振る残酷な猫のような瞳に対する嫌悪感だけは、何度見えても慣れることが出来ない。
 元より、慣れるつもりなど微塵もないが。
「気高い竜の至宝、決して屈さぬその右目をこのように見下すというのも悪くないものだな。美しい髪を乱し、口の端から血を滴らせ這い蹲った卿を、主の目の前に突き出してやれば……さて、あの若き竜は、その隻眼をどのような色に染めるであろうか」
 豊臣の企むまま寝返らせるのと、果たしてどちらがより興を誘うものかと笑う男に、小十郎は再び掠れた声で下衆が、と吐き捨てた。
 この男の口から、主のことが語られるだけでも御しがたい。よくもまぁ、ここまで一挙一動一言一句その全てで人の感情を逆撫で出来るものだと、いっそ感心の念すら沸いてくる。
 相克とはまさにこういう間柄のことを言うのだろう、と思ったとき、俄かに外へと繋がる廊下から、小走りに駆けて来る足音が聞こえてきた。
 思わずそちらへ視線を向ければ、カラクリのように突っ立っている忍の向こう、開きっぱなしの格子越しに現れたのは、伝令らしき足軽で。
「松永様、竹中様がお呼びに御座います。何でも、例の策について早急にご相談したき儀が有る由とのことで……」
 何卒本殿までご足労を、と片膝をついて告げた足軽の言葉に、ピクリと小十郎の肩が跳ねる。
 『例の策』などというもったいぶった言い方を、わざわざここまできて聞かせる理由はただ一つ。それが、小十郎の主に関わること故に相違ない。
 松永は、その『演出』を知ってか知らずか、薄い笑みを浮かべたまま、おや、と顎を撫で付けた。
「それはそれは、折角竜の至宝を愛でていたというのに残念だ。まぁ、時間は幾らでもある。ああ、そうそう片倉君、余り早く豊臣に靡かないでくれ給えよ?枷に捕らわれた美しい卿を、出来れば今暫し眺めていたいのでね」
「っ…ま、て!」
 それでは、と踵を返そうとした松永の陣羽織の裾を、小十郎は咄嗟に右手を伸ばし掴んでいた。
 刹那、首筋へ真一文字に忍の小刀が当てられる。だが、冷やりとした鋼の感触を確かに感じながらも、小十郎の視線はただ松永だけを捕らえていて。
「その刀を……政宗様の刀を、置いていきやがれっ…!」 
 折れたとはいえ、主の誇りたる六爪の一本。それだけは奪わせはせぬと、血痰交じりにそう告げれば、振り返った松永は、右手に携えたままだった刀と、己に縋る男とを交互に見やり、聊かの意外を込めて哄笑した。
「これはこれは……てっきり何を企んでいる、と問うてくるのかと思ったら、貴殿程の人間が折れた刀にご執心かね?どうやら、慣れぬ牢暮らしで、すっかり軍師としての才を忘れてしまったと見える」
 これでは、例え豊臣の軍門に下っても、果たして役に立つのかどうか、とこれ見よがしな侮蔑を投げつけられるのにも、しかし小十郎の眼差しは揺らがなかった。
 無論、竹中とこの男が揃って何を企んでいるのか、気に掛からぬはずはない。
 だが、盲いたに等しい牢獄に閉じ込められたこの状況において何を聞いたとて、それが政宗に伝わるわけではない。寧ろ、自分を動揺させるような情報ばかりを刷り込まれるのが関の山だ。
 折れた刀を突き付け、伊達政宗は死んだと嘯いたときのように。
 だから己は、何も聞かないし何も揺るがない。強く美しい、唯一無二の己の主は、右目を失ったとて決して折れはせぬと、信じられなくて何の忠臣か。政宗は必ず生きていて、そして必ず、豊臣を討つ。そう信じて疑わぬが故に、ここで下らない企みを問うことはしない。
 ただ、偽りで塗り固められたこの牢獄において唯一の真実であり光である政宗の刀だけは、決して奪われるわけにはいかなかった。
 それすら奪われてしまったら、自分は本当に何一つ守れなかったことになる。
 首元に刃を突き付けられているにも関わらず、全身から殺気を漲らせ揺らがぬ眼差しで己を見据える小十郎の姿に、ふいに松永はその左手を動かし、くいと形の良い顎を持ち上げた。
 刹那、背筋を這い上がった悪寒と屈辱感に目元を引き攣らせながらも、それを精神力で押さえつけた小十郎の態度に、松永の瞳がすう、と眇められる。まるで、酷く面白い悪戯を思いついたかのように。
「……成る程、折れたとはいえ主の刀。それを守るに命を掛けるとは、ご立派な主従愛だ」
 それとも。
「豊臣の軍師にと請われている以上、何をしようと殺されることはない、と鷹を括っておるのかね?」
 だとしたら、それは随分な思い上がりだ、と哄った男が、親指の腹でつう、と小十郎の唇をなぞる。
 容赦なく殴打された際、歯が当たって切れた唇の部分から滲み出ていた血が、男の指によって刷かれ、紅を塗ったようにその唇を艶やかに彩った。
「例えば……そうだな。不遜にも私に触れるその右手と引き換えに、と言ったらどうするかね?城には優秀な御殿医がいるから、すぐに止血をすれば死にはしないし、豊臣において卿に求められているのは軍師としての知略だ。腕がなくとも、約定に何ら支障はない」
 ああそれともと、と男が笑う。酷く面白い悪戯を思いついたかのように。
「ここで足でも開いてみるかね?色小姓に興味はないが、卿のような男を組み敷き喘がせてみるのはまた一興だ」
「っ……!」
 するり、と親指の腹で頬を撫でながら告げられたその科白を脳が理解した瞬間、言いようの無い悪寒が全身を駆け巡る。
 小十郎の自制心があとほんの少し細ければ、首元の刃にも構わずその手を振り払い、殴りかかっていただろう。
 一方の松永は、屈辱と嫌悪に肩を震わせながらも、指一本動かすことなく耐える忠臣の姿に、いたく満足げに目を眇めた。
「……安心したまえ、冗談だ。私はこれでも卿のことを気に入っているのでね。西洋の彫刻にも似た美しい手足をもいで不具にするつもりも、このような場所で無粋に花を散らせるつもりもない」
 最も、貴殿を組み敷いてみたいというのは本気だがと、親指の腹で頬を撫でながら告げた男を、射殺すようにねめつける。
 雑兵程度なら、それだけで気に当てられ失神するのではないかと思える程の視線にも、しかし松永は気に入った茶器を眺めるような眼差しを向け、喉を鳴らしただけだった。
 己の死すら美学の一つに過ぎないと捉えるこの男には、元より恐れという感情など存在しないのかもしれない。
「ああ、実に良い目だ。ただ造作が整っただけのガラクタではなく、誇り高き魂の器。なればこそ、卿は美しい。故に、それを我が手で壊すことに至上の悦びがあるというものよ」
 せいぜい愉しませてくれたまえと笑った男が、右手に携えていた刀を無造作に放り投げたと同時に、首元へ当てられていた刃が外される。
 乾いた音を立て、畳の上へ転がった刀を奪うように拾い上げる小十郎を見下ろしながら、松永は左の親指を舌で舐めた。
「ふむ……卿の血は甘くて美味だな。主の仔竜に伝えておいてやろう」
「こ、のっ…変態野郎が!」
 自分の血が、この男の体内に取り込まれたと気付いた瞬間、それまで必死で抑えていた嫌悪感が全身の毛穴から噴き出して、小十郎は思わず口元を袖で拭った。
 戦用にと誂えられた丈夫な籠手で乱暴に擦ったせいで、傷ついた唇が鈍い痛みを訴えたが、それよりも男の指の感触こそが、どうしようもなく不快で堪らない。
 普段滅多なことでは揺るがない巌のような男が見せた、童染みたその動作に、松永は満足そうな笑いを立てた。
「それでは、また来るよ片倉君。その気概に免じて、竜の刀は六本揃うまで卿に預けておくことにしよう。何、そう遠いことではない」
 せいぜい大切に守ることだと口の端を吊り上げ言い捨てた男が、忍を引き連れ牢の向こうへ消え、牢番の兵が再び扉を閉ざし錠をかける。すれば後に残されたのは全身を苛む鈍い痛みと折れた刀、それだけで。
 松永の足音が遠ざかるにつれ、沸騰していた頭から、徐々に血が降りてゆく。現実と理性が、戻ってくる。
 仔竜に伝えておく、と言ったからには、おそらく松永は自分を餌に政宗を挑発し誘き出す算段を立てているのだろう。そういえば、あの忍に弾き飛ばされた襟飾りが畳の上から消えている。
 義、と彫られたその飾りがどういう手段で利用されるかなど、あの男の性格からすれば考えるまでもない。
 そして、それを目の当たりにした瞬間、愛しい主が浮かべるだろう表情を思うだけで、心の臓が引き絞られた。
「……政宗、さま」
 痛む身体を叱咤するようにゆっくりと居住まいを正し、折れた刀を正座した膝の上へと恭しく乗せる。
 ひゅうぜいひゅうと、息をする度肺腑が軋むのは、肋にヒビでも入ったからか、それとも。
「斯様な生き恥を晒し、尚永さらばえるこの不忠……申し訳も、ございませぬ」
 ひび割れた刃の向こう側に愛しい姿を見据えたかのように、小十郎は掠れた声で主へ詫びた。
 それは、無様にかどかわされ、豊臣に捕らわれてからこちら、ずっと胸の中で繰り返していた言葉だった。
 本当は、捕らわれた時点で自害するべきだと分かっている。腹は切れずとも、舌を噛み切れる程度の自由が許されている今の内に、自ら命を絶つべきだと。
 自分は、伊達の軍師だ。この頭の中には、伊達軍の編成装備策略、領地内の地形から城内の見取り図まで、秘とされる大よそ全ての情報が詰まっていると言っても過言ではない。もしこれを掠め取られれば、容易く伊達は落ちるだろう。
 そしてまた、自分は奥州筆頭伊達政宗の右目と呼ばれる腹心の部下でもある。戦場において、その身が豊臣方にあるというだけで、伊達軍に、そして政宗に与える心理的効果は計り知れない。
 自惚れではなく、事実として小十郎はそのことを知っている。己の感情だけで、生き死にを望めるような立場ではないのだと、言われるまでもなく分かっている。
 だからこそ、早く死ななければならない。
 業を煮やした竹中に自白剤を施され、拷問に掛けられて軍事機密を全て奪われる前に。自害すらままならぬ姿で、伊達軍との戦の前線に人質として引き出される前に、今ここで死することこそ、主の対する忠義の証だと分かっている。事実何度、この舌を噛み切ろうとしたか知れない。
 だが、出来なかった。どうしても、黄泉への旅路へ進めなかった。
 死が恐ろしいわけではない。否、恐怖がないと言えば嘘になるが、いつだってその覚悟を持って戦乱の世を生きてきた。政宗の為なら、戦場で屍と成り果てることも、自ら腹を割くことにも躊躇いはない。
 だが、それでも。
「政宗、さま……」
 それでもたった一つだけ残った、捨てきれぬ望みだけが、小十郎を現世へと繋ぎとめていた。
 生きて戻ることを、諦めたわけではない。万に一つの可能性ではあるが、生きている以上望みを捨てることはしない。
 だが、軍師として判断するなら、その僅かな可能性に賭けるより、死を選んだ方が遥かに確実だ。物言わぬ骸にさえなってしまえば、それ以上利用されることはない。
 優しい主は、きっと悲しむだろうが、それでも決して折れることはないだろう。今まで数多の忠臣を失い、その都度泣いて慟哭しながらも走り続けてきたように、例え右目を失っても、天の頂を上り詰めるまで、気高き竜はその歩みを止めはしないだろう。
 だからこれは、軍師として家臣として、最低の裏切り行為だと分かっている。分かっていて、それでも自分は今一度。
 今一度、一目だけでも。
「……今生で、お会いしとう……御座います」
 折れた刀の柄を握り締め、頭を垂れる。血を吐くようなその願いが、冷えた座敷牢へと響いて消える。
 口にしてしまえば、それはますます子供染みた、愚にもつかぬ愚かな願いに思われた。
 だが、それでももう一度、会いたくて堪らないのだ。大切、などという言葉では到底表せぬ程思い焦がれた、己の全てとも言える竜の主に。
 だって自分は、覚えていない。別れる前、最後にどんな言葉を主と交わしたか。どんな顔を、主はしていたか。
 伊達の領地内と油断し、何の覚悟もしていなかったが故に、自分は何も覚えていないのだ。
 だからせめて、一目でいいからまみえたい。例えそれが、戦場の只中であろうとも。戒められ、首筋に刀を這わされた無様極まりない姿であろうとも、もう一度政宗の顔が見たかった。小十郎と己を呼ぶ声が、聞きたかった。
 たとえそのために、主の目の前でこの首が落とされようとも、どれだけの傷を背負わせようとも、今一度だけ、などと。
 そんなことを考え、主の身を危険に晒し続けている己には、最早家臣たる資格などないのだろう。
 肩を震わせ、折れた刃に額を押し当てる。これは裏切りだ。酷い、酷い裏切りだ。
 悲しませると分かっていて、苦しませると分かっていて、その御身すら危うくさせるかもしれないと分かっていて、それでも自分は、忠義のために死を選べない。
 故に、カチカチカチと鍔鳴りの音を立てる主の刀に、ただただ願う。
 このような不忠者をどうか、どうか。
「っどうか、お赦し下さいますな……!」 
 政宗様、と。

 小十郎の声無き慟哭が、冷えた座敷牢に木霊し、消えた。




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双竜は受×受だと気がついた第9話でした。新たな扉が開きましたすみません変態おじさまグッジョブすぎますはぁはぁはぁ。
ところで、切る切る詐欺常習者の小十郎さんが今回頑張ってるのは……やっぱり、プレイに付き合ってくれる相手がいないから、でいいんでしょうか。無事ご主人さまのところに戻ったら、思う存分プレイして下さい小十郎さん。
あと、おじさまが小十郎さんをどう呼んでるのかが分かりません先生。
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2010/08/30 (Mon) - 未選択



戦国/BASARAで小政。だと言い張ってみたいただのSS。



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「政宗さま!」
ドスドスドスと上質な桧の廊下を早足で進み、バアンと木枠が外れるかと思うほどの勢いで障子を開く。すればそこあったのは予想通り、我が唯一最愛の若き主で。
「shit!なんだ、もう戻ってきちまったのかよ。今日は収穫日だから遅くなるっつったくせに」
当てが外れたと言わんばかりの、ふてくされた悪童のようなその表情と台詞とに、片倉小十郎は開いた襖に手をかけたまま、深々と嘆息した。
「……一応、お聞き致しますが。一体何をされているので?」
平らな眼差しでそう問うた小十郎の視線の先に広がっているのは、最上質の井草で作った畳の上に所狭しと並べられた色とりどりの反物と、そしてたった今、その中の一つを城主に勧めていたのだろう、商人らしき男の姿。
主の部屋に突然押し入ってきた人相の悪い大男を見上げたまま、声もなく硬直しているその男に見覚えはないが、畳の上に広げられたら色鮮やかな反物に勝るとも劣らぬ豪奢な着物と恰幅の良さから、大店の商人なのだろうと推測するのは容易だった。
目付役である小十郎のおらぬ間に、そんな輩を城へと連れ込み煌びやかな柄の反物を吟味しているとなれば、それが一方ならぬ相手への贈り物だということぐらい、いかな朴念仁と徒名される小十郎でも容易に想像がつく。
つきはするが、認めたくない。
それは、家臣の分際でありながら、想いを交わし、身体を重ねた主が、他人に寵を与えることへの嫉妬、などという単純なものではない。寧ろ、そうであってくれた方がまだ幾らか救いがあった。
その程度の相手になら、決して負けぬ自信がある。この反物を取り上げて、小十郎とその娘、どちらが大事でございますかと、少し拗ねたように問うてしまえば、日頃寡黙な家臣の嫉妬じみたその言葉に、主は喜んで反物を手放してくれるだろう。
だが。
「まぁ、見つかっちまったもんはしょうがねぇ。それに、中々決まらなくて悩んでたとこだったしな。ちょうど良い、知恵貸せ小十郎。これとこれ、どっちがいいと思う」
どちらも一目で最高級の織物と分かる刺繍の布を両手に携え向けられた、屈託のないその笑顔に、小十郎はぐ、と奥歯を噛み締め、左手をきつく握り込んだ。そんな、ただただ愛しくて堪らないという貌をされてしまっては、この醜い胸の内など吐露できるはずがない。
笑うということを忘れきった子供だった主が、ようやく取り戻したその笑顔に、どうやったとて自分は勝てやしないのだ。だからいつも、甘やかしてしまう。
主もまた、そんな守り役の性格を十二分に理解しているのだろう。必ず答えると信じて疑わない期待に満ちた黒曜の双眸に見上げられ、小十郎は数瞬の葛藤の後、諦めたように深々と溜め息をついて、主の問いに答えることにした。

「……お美しい方ですから、どちらでもお似合いになられるとは思いますが。あえて申し上げるなら……そうですね。これからの季節、山も色付いて参ります。萌黄色を基調にしたそちらの生地なら、紅葉狩りなどの際にもさぞ映えましょう」
無骨者ながら精一杯頭を働かせて紡いだその科白は、洒落者とした名高い主にしても、十分及第点に足るものだったらしく、彼は途端ぱっと顔を綻ばせて。

「ナイスアイディアじゃねぇか小十郎!母上は紅葉の時期になると、よく庭に能楽師を招いて宴を開くらしいからな!」

 それでいこう、と手を打って喜ぶ主の姿に、ツキリとした痛みを覚え、小十郎はそっと視線を伏せさせた。


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「いやぁ、助かったぜ。あの二巻きが最後まで決めきれなくてなぁ。だがお前のお陰で、いい着物ができそうだ」
 反物を決め、着物を作る算段を終えて商人を帰した後、小十郎を部屋に招いた政宗は、そう言いながら上機嫌に扇子をはためかせた。だが、それに相対する家臣の表情は、苦虫を噛み潰したようにしかめられていて。
「……それはよう御座いました。ですが、あのような氏素性の知れぬ者を、小十郎に黙って安易に招き入れるのはおやめ下さいませ。どこの息がかかっているとも知れませぬのに、護衛もつけずそのような袴姿で……」
「あーあーオーライ。てめーの言いたいことは分かってるって。安心しろよ、ありゃあ成実がよく使ってる出入りの商人だ。身元は確かだし、何より扱ってるモノがいい」
城お抱えの商人じゃ、結局母上の持ってるものとさして変わらなくなりそうだったから、どうしてもそちらが良かったのだと言われてしまえば、小十郎にそれ以上小言を続ける資格はない。成実が懇意にしているというなら、そういう意味での危険はないのだろうし、贈る衣も、高価だが一国の主にとっては小遣い程度。まして、政宗は普段至って質素な生活を営んでいるのだから、小十郎とて、たまの浪費を諫めるような無粋はしたくはなかった。
事実、もしこれが自分自身のためや、あるいは―――…業腹ではあるが、好いた娘に贈るためなら、商人が辞した時点で、この話題は打ち切っていただろう。
だが、
「……恐れながら、政宗様がどれだけ御心を込められた品なれど、お東の方は受け取られますまい。先日の、簪の件をお忘れですか?」
膝の上で握りしめた拳に視線を落としたまま、不敬を承知で小十郎は具申した。
先日、と言っても、もう半年近く前のことだが、政宗は母である義姫に簪を贈った。南蛮の意匠を僅かに織り込んだそれは、装飾品になど何の興味も見識もない小十郎をして、目を見張らせる程見事なもので。
だが、国中探しても、これを贈られて喜ばない女はいないだろうと思うほどのその簪は、無残に折られ、装飾を散らされた有り様で突き返されたのだ。
必ず政宗に渡すようにと固く念押しされたのだと、震えながら女官が差し出した簪を目の当たりにした瞬間の、胃の腑が灼けるほどの怒りは、未だ身の内に鮮明に残っている。
だからこそ、家臣に―――…特に小十郎に対しては寛容すぎるほど寛容な主とはいえ、もしかしたら今度こそ怒鳴りつけ、打ち据えられるかもしれないと思ったが、言わずにはおれなかった。しかし、その言葉にも政宗は、鷹揚に扇子を扇いだままで。
「ああ、あれは失敗だったな。固い簪の破片で、母上が怪我をされるところだった」
けれど、着物なら破いても手を傷付けることはないから安心だろう?と。
折られた簪を目の当たりにした瞬間、悲しむでも怒るでもなく、ただその手に傷がつかなかったことを確認して笑ったときと同じその笑みに、小十郎の左胸がギシリと軋んだ。

政宗が、母である義姫に贈り物をするようになったのは、確か二年ほど前からだったと記憶している。珍しい舶来の菓子から始まって、京で評判だという化粧紅に、平安時代の絵巻物。女たちの間で流行っていると聞けば、政宗はそれらを買い求め、数か月に一度の割合で、義姫へと贈っていた。
といっても、その都度決まって突き返されているので、それらが義姫の元に置かれることは一度もなく。そして半年前、何度突き返しても懲りずに贈ってくる政宗の行為にとうとう堪りかねたかのように、折られた簪が突き返されたのだ。
以来しばらく、政宗の『習慣』は成りを潜めていたから、流石にやめたのかと思っていたが、どうやら単にほとぼりが醒めるのを待っていただけらしい。
萌黄色の美しい衣が、無残に裂かれ主の目の前に晒されるところを想像して、ぐ、と唇を噛み締めた家臣の様子に気付いたのか、政宗はくすりと口の端を吊り上げた。
「いいんだよ、俺がやりたくて勝手にやってることだ。母上にしてみりゃ、迷惑以外の何者でもねぇだろうし、受け取って貰えねぇからって、どうと思うわけでもねぇ」
「ですが……!」
「いいんだって。お前が思ってるような深刻な話じゃねぇんだ、これは。だからほら、この話はもう終いにしようぜ。それより、慣れねぇ反物ずっと見てたら目が疲れた。なんか甘いもんが食いてぇな、小十郎」
「……先程採ってきた西瓜なら、井戸で冷やしておりますが」
「Good、いいねぇ!お前の作った西瓜は、どこのヤツより一番甘くて美味ぇんだ。早速切ってきてくれよ。お前も畑仕事で疲れただろ?一緒に食おうぜ」
「は……」
自慢の畑を誉められて、嬉しくないはずがない。だが、今ばかりは素直に腰を上げることも出来ず、小十郎は言葉を濁すように目を伏せた。
分かっている。これが自分の口を出す問題ではないことぐらい。
母の愛というのは、特別なものだ。他の誰がどれだけ愛情を注ごうとも、決して代わりにはならない。それは小十郎も十二分に理解している。自分が成り変われるなどとおこがましいこと、考えてもいないし、そうなりたいとも思わない。自分は傅役として、忠誠を誓った家臣として、そして一人の男として政宗を愛している。そのことにこそ、代え難い矜持を持っている。
 だが、それでも、どうしようもなく思い知らされるのだ。自分が持てるだけの愛情を全て注いでも尚、決して敵わぬものがあるのだと。
「おい、小十郎?」
 義姫と政宗が、所謂普通の母子なら、小十郎とてそんな思いは抱かなかっただろう。
 だが、小十郎は知っている。疱瘡を患い、右目を失った我が子を、義姫がどんな風に扱ったかを。実の母に化け物を罵倒され、幼い政宗がどれだけ傷ついてきたかを、誰より近くで、嫌というほど見せ付けられている。
 だからこそ、腹が立つのだ。
 高価と持て囃され大事にされていた茶器が、ほんの僅か欠けたというだけでガラクタとして捨てられるように、片目をなくしたというだけで、実の子を厭い挙句殺そうとまでした女が、それほどまでに大切なのかと。
 自分は義姫の代わりにはなれないが、政宗が望むならこの髪一本すら残さず捧げられるというのに、それでも『母』であるというだけで、永遠にあの女に勝てないのかと。
「小十郎?どうしたんだよ、おい」
 これからもずっと、手ずから選んだ品を母親に拒否される主の姿を、ただ傍に控えて見ていることしか出来ないのかと。自分はそんな、無力な存在でしかないのかと。
「小十郎ってばよ。なぁ、早く西瓜切って」
「嫌です」
 そう思った瞬間、考えるより早く、小十郎は心の声を言の葉へと乗せていた。
「嫌です、もう。貴方様が斯様に心を砕いて贈られた品々が、ああして無碍につき返される様をこれ以上目の当たりにするのは、やはり小十郎には到底耐えられませぬ。どうかこのようなことは、もうおやめ下さいませ」 
「…小、十郎?」
「っ確かに、義姫様は政宗様のご生母様なれば、恋い慕うは人として当然の情に御座いましょう。ですが、今は戦国の世。親兄弟の情が、必ずしも全てを凌駕するとは限りませぬ。義姫様が政宗様を遠ざけられたのも、伊達家の為に弟君を擁立せん、と……」
 抑えていた何かが吹き出したかのように、一息でそこまで紡いだ瞬間、小十郎はハッと我を取り戻し顔を上げた。すればそこにあったのは、呆気に取られたような表情で此方を見やる主の姿で。
「あ―――…」
 一つしかない、その黒い瞳が己の視線とかみ合った瞬間、小十郎は今自分が告げた言葉の意味に思い至り、ざっと顔から血の気を引かせ弾かれたように平伏した。
「もっ、申し訳御座いませぬ!!この小十郎、何と言うご無礼をっ!!」
 家臣の分際で……否、誰であろうと、決して言ってはならぬことのはずだった。伊達家の闇にして、政宗の最も深い傷だろう部分を、自らの醜い妬心で抉ったのだということに、津波のような後悔が押し寄せる。出来ることなら、数秒前の己の言葉を、腹掻っ捌いてでも止めてやりたい。
 だが、一度口にしてしまった言の葉を、なかったことにする術などあろうはずもなく、小十郎はただひたすら、畳に額を押し付けながら、詫びることしか出来なかった。
 と、
「―――…小十郎」
 ふいに、己の名を呼ぶ主の声と重なって、僅かな衣擦れの音がする。政宗が立ち上がったのだろう。
「小十郎、もういい。面ぁ上げろ」
「……はっ」
 鍔鳴りの音は聞こえなかったから、手打ちにされるわけではなかろうが、殴られるか蹴られるか、あるいはその両方か。
 どちらにせよ、自分は今、殺されて当然の言葉を主に投げつけたのだ。何をされても最後まで耐え切ろうと、奥歯をきつくかみ締めゆっくりと頭を上げて目を開く。すれば、目の前で己を見下ろす隻眼の主が、ゆっくりと手を伸ばして。

 そうしてそのまま、幼子がするかのように、勢いよく抱きつかれた。

「っ!?…ま、政宗、さまっ!?」
 予想だにしなかったその行為に、流石に堪えきれず畳の上へ尻餅をつく。だが、当の政宗はといえば、目を白黒させた家臣の様子を心底面白がるように、その太い首へ両腕を回したまま、くつくつくつと喉を鳴らして。
「なぁ」
「…っ、は」
「お前ってさぁ、ほんっと俺のこと超ラブなのな」
「っは…………は?」
 その耳元で、鈴が鳴るように囀られた、余りに場違いなその科白に、小十郎の思考が一瞬停止した。
 らぶ……というのは、確か。
「すげぇ好きで、愛してるって意味だ。なぁ小十郎、お前は俺のこと好きか?」
「はっ…む、無論、で、御座います。この小十郎、貴方様以上に大切なものなどありませぬ。一介の家臣の分際なれど、政宗様の御為に一生を捧げるつもりなればっ…!」
「ああ、分かった分かった。いちいち暑っ苦しいなてめぇは。もうちっとクールに行こうぜ」
 突然のことに混乱し、手のやり場に困りながらも即答すれば、その勢いに年下の主は幾らか呆れたように苦笑しながらも、首に回した腕に力を込めて、より一層その身体を密着させた。
 衣越しに伝わる小十郎の体温が心地よかったのか、そのまま政宗は猫のように小十郎の肩口へと擦り寄り、暫しの間沈黙して。
「お前の、せいだぞ?」
「……は?」
「だから、俺が母上に贈り物なんてするようになったのは、お前のせいだと言ってんだ」
 なのに、その元凶が今更何を偉そうにと、悪童染みた笑みで見上げながら告げられたその科白に、小十郎は今度こそ大きく瞳を見開いた。
 そんな家臣の常にない狼狽した様子を面白がるように、政宗は尚も続けた。お前のせいだ、と。
「お前が、そうやって馬鹿みてぇに愛情なんてもんを寄越すから。溢れても溢れても、お構いなしに寄越すから。だからもう、なんか腹一杯になっちまってよ。母上に愛されなくても構わねぇって、思うようになっちまった。そんで、お前に貰った分だけ、愛されなくても愛してぇって思うようになっちまった」
 お前のせいだ、とまた笑う。嬉しそうに、幸せそうに。
「ずっと、母上に愛されたかった。いつだって見返りを求めてた。だから、愛されねぇのが悲しくて苦しくて、俺はずっと母上から逃げていた」
 けれど。
「けどな、今はもう、いらねぇ。暑っ苦しいお前の分だけで手一杯で、母上のはもういらねぇんだ。お前に初めて抱かれた夜、唐突にそう気が付いた。したらなんか急に、ずっと抱えてたもんがすげぇ軽くなった」
「……ま、さむね、さま……?」
「俺は、母上の愛してた『梵天丸』を殺して、弟と親父も殺した。母上が大事にしてたもん全部、俺が奪った。だから俺は、母上に愛される資格はねぇし、愛されたいとも思わねぇ。でもな小十郎、それでも俺は、母上を愛している。昔、お前が俺にそうしてくれたように、どれだけ厭われようとこの先ずっと、俺は母上を愛し続ける」
 たとえ一生、心の底から疎まれ続けるだけだとしても。決して、同じ感情が返ってこなくても、それでも。
「本当は、とても情の深い方なんだ。だからきっと、家の為に必死に考えて、苦しんで、誰にも縋れず頼れず、追い詰められて……ある日とうとう、それがプツンと切れちまったんだと思う。お前の言葉を借りるなら、まさに戦国の世なればってヤツだ。単なる百姓の母子として生まれていれば、片目が潰れようと手足の一本二本なかろうと、きっと母上は変わらず俺を愛してくれただろう。そう考えると、母上が不憫でならねぇ」
 遠い昔に、抱いてくれた優しい腕の温もりを覚えているから。だからこそ、一度は愛した我が子を手にかけようとして、苦しまなかったはずがない。
 そんな風に、思えるようになっていた。この温かい腕に抱かれている内に、いつの間にか。
「だから、俺だけは母上の味方でいようと思う。城中、国中の人間が皆、母上のことを悪しく言っても、俺だけはずっと、母上を愛していようと思う。そんで、そんな馬鹿な息子がこの世に一人ぐれぇはいるんだって、知っていてくれりゃあいいと思う。俺にお前がいたように、あの人にもいつか愛してくれる相手が現れて、幸せになってくれればいいと思う」
 そして、それでも。
「それでももし、どうしても駄目だったら、お一人で苦しくて寂しくて、どうしようもなくなったら、そんときにゃ、馬鹿な息子が一人いたことでも思い出して、頼ってくれりゃあいいと思う。だって俺ぁ、誰かさんのせいで愛情はいつでも満タンゲージだからな。ちょいとばかり人に無料でくれてやるくれぇ、どうっつうこともねぇ」
 ほら、お前のせいだろうと笑う主の顔が、ふいに歪む。鼻の奥が、ツンと痛い。これは一体なんだろうと思うと同時に、温かいものが頬を伝って。
「ハッ、何泣いてんだよ小十郎」
 でかい図体でしょうがねぇなぁと笑う主に、指の腹で頬を拭われ、そこでようやく小十郎は自分が泣いていることに気がついた。
「…も、しわけ……」
 だが、みっともないと思うのにも、眼窩の奥から溢れるそれは、留まることを知らなくて。
 どうしたんだと笑う主の問いにも答えられないまま、泣き顔を隠すように小十郎は自分より一回り細い身体を抱き締めた。
 この感情を、何と言うのだろう。胸の奥から込み上げる、この熱い塊は。
「なんだ、本当にでかい子供みてぇだな。オーケイいいぜ小十郎、今日は俺が思う存分甘やかしてやる」
 たまには俺も愛情還元しねぇとな、と、綺麗に撫で付けた小十郎の髪をくしゃくしゃに撫でながら主が笑う。そこにはもう、遠い昔、母親に厭われる夢を見たと泣きながら小十郎にしがみついてきた幼子の姿はありはしなかった。
 己はなんと狭量だったのだろう。勝つだ負けるだ、そんなことに拘って、この方の本質を見誤って。
 本当は、本当はもう、こんなにも。
「……政宗様」
「ん?」
「愛して、おります」
「おう、俺も愛してるぜ小十郎。この世で一番、お前が好きだ。お前といると、あったかくて幸せで堪んねぇ」
 だから、母上もいつかこんな風に幸せになってくれればいい、と笑う主を、小十郎は力の限り抱き締めた。
 千々に乱れた感情は、まだぐちゃぐちゃに絡まりあったまま、意味のある言葉にならなくて。無礼極まりないと分かっていても、主の衣を濡らすにわか雨は、まだ暫く止みそうになくて。
 この想いを、何と言うのか自分は知らない。

 ただ、萌黄色の着物が突き返されてきたら、次は主と一緒に、また新しい贈り物を考えようと、思った。





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小政書くなら母親ネタは外せまいと考えて、何かないかとウィキってみたら、晩年は和解したっぽいよという記事を見つけて、これだあああ!と食いついてみました。
色々と付け焼刃すぎてすみません。時代考証とか口調とか諸々の間違いは、魔法の呪文を唱えて目を瞑って頂ければ幸いです。
だってほら、バサラだから☆






君に届け

2010/07/15 (Thu) - 未選択

【銀魂】



毎度おなじみ幕土前提銀土。



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「好きだ」

と、死んだ魚のような瞳を煌めかせ告白した男の言葉は、しかし俺の心に何の漣も立てなかった。
 ただ、ああこいつもかと、なんの新鮮味もなく考えた。
この容姿のせいで、昔から野郎に言い寄られるのは慣れていたし、江戸に出て、その対象が城の偉いさんになってからは、チンピラのように伸してしまうわけにもいかず(幕府の権力者にコネを作るのは真選組にとっても悪い話ではなかったので)既に何度も抱かれている。
だから今更男にそう告げられても、別に歓喜も嫌悪も沸かなかった。
散々っぱらいがみ合っていたこの男が俺をそういう目で見ていたことは意外だったが、まぁそれもどうでもいい。
 男は所詮脳と下半身が別のイキモノだ。理性では気に食わない相手でも、股間のセンサーが反応するなにかがあったんだろう。
好きだなんて言葉は、俺にとってはなんの意味もない。
俺を物みたいに好き勝手扱う変態連中にも、事の最中好きだの愛してるだのと抜かす奴はいるけれど、所詮はただの戯れ言だ。手足に跡がつくほどきつく縛り上げて、訳のわからない玩具を前や後ろに突っ込んで。死にそうに苦しくて悲鳴をあげれば、更に興奮して酷く扱う。
 それが「好きだ」ということならば、そんなものはドブに叩き捨ててやる。
だからきっとこいつも、俺を抱きたいだけなんだろう。
 別にそれ自体は構わないが、俺がこいつに抱かれたとして、何かメリットはあるだろうかと、目の前で固唾を飲んで返事を待っている男を、頭のてっぺんから爪先まで検分するようにねめつけた。
幕臣じゃないし、資金的な援助を頼めるような金持ちの商人でもない。その時点で、『副長』としてこの男に利用価値はない。
 あ、でもこいつ、確か割と有名な元攘夷浪士で、桂や高杉とも面識あんだっけ。なら、情報源という意味では、多少期待できるかもしれねぇな。
 まぁ、仮にも昔の仲間をそう簡単に売る男には見えないが。
じゃあ次、『土方十四郎』としてはどうだろう。
まず第一に、こいつは若い。自堕落を具現化したような生活を送っているくせ、体も引き締まってるし、よく見ると実はそこそこ男前だ。加齢臭漂うオッサンやジジイ、わけわかんねぇ天人とは違って、至近距離でも十分観賞に耐えうるだろう。
断っておくが、俺は断じてホモではない。が、前述した通り、男というのは脳と下半身が別のイキモノだったりするわけで。つまり、変態ジジイ共にイロイロ開発されてしまった躯は、俺の意思とは無関係に、時折無性にその淫靡な快楽を欲してしまうのだ。
だが、ろくな抱き方をしない、生理的には耐え難いオッサンに自分からねだるなんざ死んでも御免だし、かといってそれなりに顔の売れている俺がハッテンバで男漁りをするわけにもいかなくて。
 結果、その衝動にかられたときは専ら自家発電で凌いでいるが、自分で自分のケツを弄って達した後の虚しさに惨めさと言ったら、中々に筆舌に尽くしがたい。
だが、そんなときこの男がいればどうだろう。
すぐ近くに住んでいるし、いつも暇そうだから大抵都合はつくだろうし、万事屋なんて営んでいる以上口もそれなりに固そうだし……ああ、結構いいんじゃねぇか?
とは言え、無論こいつがそれなりのテクを持ってることが必要不可欠だが。
それを確認するには、まず一度寝てみるのが手っ取り早い。
そこで俺は、かれこれ数分の沈黙を打ち破り、万事屋に告げたみた。
「分かった、付き合ってやってもいい。ただし初めに言っとくが、城のジジイだゲテモンみてぇな天人だの手垢がついた身体だぞ。わけのわかんねぇ感染症にかかってるかもしれねぇし、てめぇと付き合ったからってそいつらを切れるわけじゃねぇ。それでもいいなら好きにしろや」
念のため言っておくが、俺は親切心のつもりで言ってやったのだ。一応定期的に検診は受けているが、それでも絶対に大丈夫とは言い切れないし、もし何かの病気にかかっていて、それを感染してしまったら、流石にこいつが気の毒だし。
あと、他の連中との共有品だと言うことも念のため釘を刺しておいた方がいいだろうと思った。独占欲の強い男には到底見えないが、それでもあとからグチグチ言われるのは真っ平御免だ。
なのに、俺が親切めいて教えてやったら、こいつは驚いたように目を見開いて。
そして、何故だか酷く痛そうな、辛そうな顔を、一瞬だけ見せてから、それでもいいよと少し笑って頷いた。
……なんだ、今の。なんでてめーに、んな面されなきゃなんねーんだ。
一丁前に同情でもして、義侠心見せたつもりか?
 どうせてめーも、あいつらと同じ穴の狢のくせに。
 そんな顔して見せたって、どうせ俺を組み敷いたら好き勝手するんだろう?物みてーに扱うんだろう?
「……なぁ、土方。俺はお前が好きだよ。なんで惚れたのかわかんねーけど、本気で好きなんだ。だから、お前の『仕事』に口は出さない。お前が納得してやってることなら、それでもいい。ただ……っおわっ!?」
グダグダと、何かつまらないことをほざいている男の襟首をひっつかみ、引き摺って歩き出す。
そうしている間も、やはりこいつは何やら喚いているようだったが、右から左へ抜けていった。
好きだの愛してるだの、そんなものどれだけ寄越されたって、何も感じない。
こいつは俺を抱きたい。俺はこいつを利用したい。俺達の間にあるのはただそれだけで、大切なのは躯の相性だ。それ以外に必要なものなんてない。
つきあってもいいとは言ったが、一度試して下手くそだったらすぐに捨ててやろう。苛立ち紛れにそう思って、俺はこいつを手近なホテルへと引っ張り込んでベッドの上へと押し倒した。
あ、なんか体勢違うな。まぁいいか、どうせすぐに逆転するし。
「おら、抱けよ。ただし、俺を満足させられなかったら次はねぇぜ?」
精々気合い入れて頑張るこったと口の端を吊り上げ、眼下の男を挑発するようにねめつける。
すれば、すぐに本性を表すかと思った男は、しかし何故か動こうとせず、その赤い瞳をまっすぐ俺へと向けて。
「……なぁ、その前に一つ確認しときてーんだけど。お前、ほんとは上がいいの?下がいいの?」
「は?何だそりゃ、体位の話か?別に、正常位だろうと騎乗位だろうとどっちでも」
「ちげぇわああああっ!おま、さっきから人が我慢してりゃ、ニュートラルな表情でさらっと爆弾発言かますのやめてくんない!?っそうじゃなくて!抱くのと抱かれんのどっちがいいんだって聞いてんだよ!」
「……は?」
突然テンション上がった男の言っている意味が理解出来ず、俺は文字通り目を点にして間の抜けた声を上げた。
なんだ?今こいつは、何といった?
抱くのと抱かれるの、どっちがいい、だと……?
 なんだそれ。何言ってんだこいつ。
 だって、おかしいだろうそれ。
 こいつは俺を、抱きたいだけで。だから好きだと言った、ただそれだけのことで。
 それだけのことの、はずで。
「……お前、もしかして野郎に掘られる趣味が」
「っねぇよ!銀さん後ろは超バージンだよそして一生貞操守りきるつもり満々だったよ!そりゃ突っ込まれるより突っ込む方希望だよ!ぶっちゃけ掘られるとかマジ怖ぇマジで無理!」
だけど。
「けどっ…仕方ねぇだろ、てめぇも俺も男同士なんだから、そこはイーブンでいかねぇとフェアじゃねぇし。付き合ってんのに、突っ込むのは良くて突っ込まれるのは嫌とか、筋通らねーだろなんか。……あ、でも、せめて交代制な?あと、銀さんマジで初めてだから、優しくしてね?」
本気で若干青ざめながらも、へらりと緩く笑った男が、やおら一つ息を吐き。
 そうして、わずかな沈黙の後、なぁ土方?と囁きかけた。
 頑是ない子供に言い聞かせるように。
「なんか、どうもしっかり伝わってねーみてぇだからもっかい言うけど、俺はお前が好きなんだよ。つまり、俺はお前を抱きたいんじゃなくて、お前と抱き合いたいの」
アーユーアンダスタン?と、冗談めかした片言英語を操った男が、上に跨がっている俺の腰をぐいと引き寄せ抱き締めた、瞬間。
 俺の左胸がドクリと跳ねて、全身がかあっと熱くなった。
……は!?なんだこれ!なんだこれ!!
「土方好きだよ、すげー好き。お前がちゃんと信じてくれるまで、何度だって言ってやる。だから俺を、お前の矜持踏みにじったそんな連中と一緒にしないで」
「な、な、なにいっ…!?や、やめっ…!」
「やめねぇ。お前に届くまで、何度だって言ってやる。お前が好きだ。好きだよ、好き」
「い、うな!やめろっ!」
熱い。好きだとこいつが告げる度、心の臓が馬鹿みたいに脈打って、顔が、身体が、触れられているところが熱くて堪らない。頭に血が上って、ぐるぐると世界が回る。
何でだ。何で急にこうなった。
そんな言葉、さっきまでなんの意味も持たなかったはずなのに。何とも感じないはずだったのに。なのに。
「好きだよ土方。愛してる」
なのに、どうしてこの馬鹿な戯れ言を、下らないと切り捨てられない。どうしてこの身体は、ガチガチに硬直して動かない。どうして、そんなわけのわからないものが心の奥へと染みてゆく。
 どうして。
「……土方?」
俯いたまま微動だにしない俺の反応を伺うように、男が頬へ手を添え、顔を上げさせる。すれば、息が触れ合うほど近くで見つめあった赤い瞳が、一瞬驚いたように見開かれて、そして。
「届いた?」
多分真っ赤になっているだろう俺の顔を見つめたまま、子供のように嬉しそうに破顔し笑ったその笑顔に、俺は。






オトされた。





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原作読んだことなくてすみません。
だらだら一人称練習でした。


ただそれだけの人だった

2010/06/03 (Thu) - 未選択

【銀魂】


攘夷時代で何となくもっさんメイン。
高杉ボッコは愛ゆえです(多分)






 夜陰に紛れ、森に潜んで過ごす一夜。
 天人に気付かれないよう焚き火すら起こせないため、動物を狩っても食べる術がない。ゆえに、夕餉といえば味気ない乾し飯や肉の燻製がせいぜいで。塩気ばかりが多いそれらを竹筒の水と一緒に腹へ詰めてしまえば、後はただ地面を寝床に眠るしかないのだが。
 しかし、今夜は雲一つない晴天で、空には煌煌と輝く半月と零れんばかりの満天の星。宵の口というにもまだ早く、ここ数日は専ら移動ばかりだったので大して身体も疲弊していない。
 春から夏へと移ろう狭間のこの季節は、雨さえ降らなければ朝夕はとても過ごし易く、頬をさらりと撫でる風が、兜から開放された髪を揺らすのが酷く心地良い。
 などと色々理屈を捏ねてみたところで、とどのつまりさっさと眠ってしまうには勿体無い夜だったのだ。
 故に坂本辰馬は、手近な木の幹に背を預けたまま、宵の肴として話を振ってみることにした。
「のう、おまんらの師匠じゃったっちゅう吉田松陽ゆうんは、どがいな人間やったと?」
『……は?』
 余りに唐突といえば唐突なその台詞に、同じように銘々近くの木の傍で休んでいた仲間二人が、酷く胡乱げな声を上げた。ちなみに残る一人の白い毛玉はといえば、桂の右膝を枕にくかーすかーと我関せずな寝息を立てている。
 装具こそつけているものの、無防備に仰向いて手足を投げ出し眠る様は、いつ敵に襲われるとも知れない戦時中とはとても思えない。どんな人間でも、我が身が危険に晒されているとなれば、自然内臓を庇うように身を縮め息を殺して眠るクセがつくものだというのに、どれだけ暢気なのか馬鹿なのか。
 だが、坂本はそんな天パの片割れが嫌いではなかった。
 何だかとても、幸せに見えるから。そうやって暢気に寝こけるこの男を見ていると、誰もが無意識に安堵し呆れたように笑うから。
「大人しくあやとりなぞに興じているかと思ったら、一体何だ藪から棒に。というか、何故貴様が先生のことを知りたがるのだ」
 腕を組み、剣呑な眼差しで桂がじろりと睨み付ける。最も、伸ばした右足に白い毛玉を乗せた姿では、迫力もへったくれもあったものではなかったが。
「そぎゃん警戒せんでもよか、ただのちょっとした好奇心ぜよ。何せ、一癖二癖どころか癖ありすぎてこんがらがっちょるおまんらみたいなもんを三人も育てたお人じゃあ。そのくせ、有名な攘夷思想家っちゅうわけでもなさそうじゃしのう」
 何かとつるむようになったこの三人が、同じ人物に師事していたのだと聞いて以来、ずっと気になっていたのだと、両手の指にかけた赤い紐を器用に潜らせながら坂本がカラカラ笑う。
 使い物にならなくなった刀の提げ緒を解いて作った即席の綾取り紐は、やはり本来のものより大分太くて扱いづらかったが、その代わり絡みにくかった。これなら小さな子供でも楽しめるだろう。結構綺麗なちょうちょが出来た。
「こんがらがってんのはてめぇの頭だ馬鹿本。ただの好奇心で死んだ人間のことをあれこれ詮索するなんざ、随分無神経な真似すんじゃねぇか、あ?」
「なんじゃあ馬鹿杉、腫れモンにでも触るみたいに優しゅうしてやった方が良かったがか?そりゃあ悪いことしたのう、ヘタレ馬鹿杉」
「っん、っだとコラ誰がヘタレだ!つーか二度も馬鹿杉言ってんじゃねぇ!!」
「おんしもわしも苗字の二文字目に『か』が入っとるんじゃき、言うなら自分に跳ね返ってくるのは当然じゃろうが。そげんことも分からんき、おまんは馬鹿じゃっちゅうんじゃ。あと気が短い」
「て、めぇっ!言わせておきゃあ調子に乗りやがって!そんなに言うなら聞かせてやらぁ!最も、てめぇみてぇな頭カラの毛玉野郎にあの人の素晴らしさが理解できるたぁ思わねぇがな!!」
「おい高杉、いい加減にせぬか。というか、もう少し静かに」
「るせぇっ!!」
 売り言葉に買い言葉で、勢いよく立ち上がった幼馴染を、桂が諌めようとするものの、あっさり頭に血を上らせたこの男に通じるはずもない。
 馬鹿な子ほど可愛いとよく言うが、コレはその典型だと坂本は思った。この男ほど、揶揄い甲斐のある人間もそうはいない。
 さてどんな話が出てくるものかと、揶揄い半分興味半分で綾取りしながら見上げた坂本の目の前で、自称黒い獣はバン、と胸に右手を当て、朗々と宣言した。

「例えるなら、時にたゆたう水の如く清らかで、時に舞い散る桜の薄紅のように見る者の心を切なく惑わせる人だった。凛と立つその姿はさながら花菖蒲のように美しく、しかし千年の齢を重ねた大樹のように何物にも揺るがず折れず、標のように其処にあり、優しい木陰を作る。だが、その内面にひとたび触れれば、静かに燃える夕焼けのような志に指を灼かれ、身を焦がす甘美な痛みに誰もが陶酔し惹かれずにはいられねぇ。あの人は暗闇を照らす、ただ一筋の希望だった……!」

 どうだ分かったか、と思いの丈を熱く語り切った男が大きく息を吐き。 
 そして、長い、長い沈黙が、落ちた。

 当事者である坂本と桂はもちろん、密集しない程度に周囲に身を潜ませているはずの他の仲間たちも、物音一つ発しない。
 全てが凍りついたような世界の中、ただ一人平和に生き残った毛玉の立てる寝息だけが、やけに大きく木々の中へ木霊して。
 そうして、最も早く立ち直ったのは、高杉との付き合いがおそらくこの場で一番長いだろう男だった。
「……すまん高杉。意味が分からんのだが」
「あぁ!?」
 この場にいる全ての人間の主張を見事に代弁した素晴らしいその一言に、途端男がいきり立つ。
 並の人間なら竦み上がるだろうその凄みにも、しかし腐れ縁の幼馴染は心底呆れきった一瞥を向けだだけだった。
「意味がわからねぇたぁどういうことだヅラ。テメェまさか、あの人のことを忘れたわけじゃあるめぇな?」
「馬鹿を言え。先生のお姿は今でも瞼の裏に焼き付いておるわ。が、今貴様が語った意味不明な人物のことなど知らん。なんだその妖精のようなイキモノは。確かにあの頃から、貴様とは見ているものが違うと思ってはいたが、よもやそこまでだったとはな……」
「俺の説明のどこが不服だ。あの人はまさに俺たちのとって一条の光だっただろうが!」
「だから表現が抽象的すぎると言っている。自己陶酔に浸りすぎて読者を忘れた小説家か貴様は。見ろ、坂本のこの顔を。ただでさえ綿花畑に生っていそうなしまりのない綿毛面が、更に間の抜けた面になってしまっておるではないか。いいか坂本、こやつの言うことなどまともに取り合うな。松陽先生という方は……そうだな、物腰柔らかで見識深く、身分に関わらず分け隔てなく、武道に優れ作法に通じ我々に武士たるものを教えて下さった、それは素晴らしい方だ」
「ちょっ、それはええが、おまん今さらっと酷いこと言わ……」
「はっ、そんなありきたりな言葉であの人を語るたぁ、てめぇも落ちたもんだなぁ。あの人の本質はそんな薄っぺらい聖人君子像なんぞじゃねぇんだよ!」
「貴様、誰よりも先生を見てきたこの俺を愚弄する気か!?というか、薄っぺらいのはお前のその頭の中身だ!あと気が短い!!」
「おーいおまんら、そろそろ……」
「おもしれぇ、やろうってのか?いいぜ、どっちがあの人を語るに相応しいか、はっきり決着つけようじゃねぇか」
「前から思っていたが、そのいちいち無駄に芝居がかった物言いはどうにかならんのか貴様。将来大分不安だぞ」
 ゆらりと空気を震わせた桂が、すっくとその場に多干上がる。すれば当然、白い毛玉は結構な音を立てて固い地面へ激突したが、対極のように見えて実は同レベルな馬鹿二人は、そんなものになど最早目もくれず互いに胸倉掴み合って罵詈雑言の応酬を始めていた。
 こうなれば、もう何を言っても無駄だろう。巻き込まれてとばっちりを食うのが関の山だ。
 結局、吉田松陽という男がどんな人となりだったのかは、いまいち具体的に分からなかったが仕方ない。まぁきっと、珍獣に懐かれる人物だったのだろう。
 そもそも自分が事の原因だということはさらりと星の彼方へ追いやって、このままこっそり逃げ出そうかと坂本が腰を上げかけたとき、その視界の端で、白い物体がもぞりと動いた。
 それは言わずもがな、たった今まで一人蚊帳の外だった毛玉の塊で。
「……いてぇ、つか、うるせぇ……何してんだあいつら……」
 思い切り強打したらしい後頭部を擦りながら上半身を起こした毛玉が、寝ぼけ眼で坂本へにじり寄りながら幼馴染二人を指差し、問いかけてくる。
 呆れたようなその眼差しは、出来の悪い弟を持った兄のようだが、同時に自分を見上げるその表情はどこか甘えているようにも見えて。
 ということは、差し詰め自分が長男なのだろうか。まぁ確かに、四人の中では一番年嵩ではあるが。
「……おい辰馬、お前またなんか余計なことやっただろ」
「あっはっはっはー」
「いやあっはっはじゃねぇし。俺の枕取ってんじゃねぇよクソ」
 代わりに使わせろと毒づいた毛玉が、返事も聞かず胡坐をかいた坂本の足へごろりと頭を横たわらせる。
 それは近寄ってきた時点で何となく予想できてきたことだったので、その場から逃げることを諦め、代わりに右足を伸ばしてやれば、白い毛玉は暫くの間もぞもぞうごうごしていたが、やがて収まりのいい位置を見つけたらしく、大人しくなった。
 今にも閉ざされそうな赤い瞳が、頭上に張られた同じ色の紐をぼんやり見上げているのに気がついて、手早く犬の形を作ってみれば、毛玉はその眠たげな瞳をほんの僅かに煌かせた。
 そうしていると、本当に年相応の大きな弟が出来たようで。ならもっと手の込んだものを作ればもっと喜ぶだろうかと、本当に兄にでもなったかのような心地で更に指を動かそうとしたとき、ぽつりと毛玉が呟いた。
「……好きだと言ってくれた人」
「んあ?」
 主語のない唐突なその台詞に、意味が分からず指を止める。すれば毛玉は、作りかけの綾取り紐を眺めていた瞳を僅かに眇め、
「先生。どんな人だったっつってたろ?」
 だから、好きだと言ってくれた人、と繰り返して毛玉が笑う。
 懐かしそうに、幸せそうに。赤い紐で作った不完全な模様の向こうに、ここではないどこかを見るように。
「別に、立派な人格者でも思想家でも何でもなかった。ただ、ろくでもねぇ屁理屈ばっか達者で、目潰し蹴り技何でもありの喧嘩殺法で、ガキみてーな遊びがやたら上手くて、酒が好きで煙管が好きで、甘いもんはもっと好きで、花が好きで、空が好きで、世界が好きで人が好きで、生まれて初めて、俺を好きだと言ってくれた人」
 ただそれだけの人だったよ、と笑いながら毛玉がそう呟いたから。
 それが本当に、本当に、幸せそうなあどけない笑顔だったから。
 だから辰馬は数秒の沈黙の後、完成間近だった綾取り紐から右手を抜いて、その手をぽんと毛玉に乗せた。
 やや硬めで黒い自分の髪とは違う、柔らかくて細い猫毛のような銀糸のそれは、触り心地がよくて気に入っているのだが、櫛を入れていないせいで所々絡まってしまっている。
 やっぱり、綾取りの紐は太めの方がいいようだ、なんて、将来何の役にも立たなさそうなことを何故だか至極真面目に考えた。
「そうか、そりゃあ……よか先生じゃったのう」
「……マダオだけどな」
 自分の吐いた台詞が流石に恥ずかしくなったのか、誤魔化すようにふて腐れて寝返りを打ち、自分の腹に顔を埋めた毛玉の耳は、夜目にもはっきり分かるほど赤くなっていて。
 少し向こうでは、ズラと晋助がまだ喧々囂々不毛な言い争いを続けていて。
 とりあえず、今日もこうして馬鹿をやって生きていて。見上げた空は、とても綺麗に輝いていて。何故だか酷く、気分がよくて。
 ああ本当に、本当に。


「―――…げにまっこと、よか夜ぜよ」

 いつの間にやらすうすうと寝息を立て始めた銀色の毛玉をわしゃわしゃと撫でながら、満天の星空に向かいあっはっはっはと坂本は笑った。






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先生、土佐弁が分かりません。

さよならなんかは言わせない

2010/02/10 (Wed) - 未選択

【銀魂】

原作+5、6年後設定の銀土で土方死にネタ。
書きたいシーンのみ抜粋のぶった斬りSS。





 さわさわと、心地よい風が頬を撫で、舞い落ちる薄紅の花弁をふわりと浚い過ぎてゆく。
 その穏やかな風景を見るともなしに見やりつつ、銀時はわずかにすう、と目を眇めた。
 城に程近い町の中心部に位置する公園は、この季節になれば毎年見事な桜に埋め尽くされ、絶好の花見場所へと変貌する。現に今も柵向こうの芝生の上では、平日の真昼間にも関わらず茣蓙を敷き、重箱と酒瓶を広げて騒ぐ酔漢や家族連れで賑わっていた。
 そういえば、去年は自分達もあの中に混じって馬鹿騒ぎをしたのだったかと思い出しつつ、しかし銀時はその柵を越えることなく公園の隅に誂えられたベンチへ向かう。
 その両手にそれぞれ握られているのは、コーンに乗った二つの丸いアイスクリーム。
 お待たせ多串くん、といつものように揶揄を込め、左手のそれを差し出せば、制服姿のままベンチに茫洋と腰掛けていた土方が、ああ?と険の篭った視線を向けた。
「俺ぁいらねぇっつっただろうが」
「大丈夫だよ。これそんな甘くねぇし」
「……一応、聞くだけ聞いといてやる。何味だ」
「んー、醤油?」
 新発売だって、と小首を傾げいけしゃあしゃあとのたあえば、予想通り土方は額に盛大な青筋浮かべ、死ね天パと毒づいた。
 全くもって可愛げがないというか意地っ張りなことこの上ない。死にそうなのは自分のくせに。
「ま、いいから食えよ。銀さんの奢りだぜ?」
「っは、明日は槍の雨だな」
 掠れた声で憎まれ口を叩きながらも、ゆっくりと持ち上げられた右手にアイスを渡し、男の隣へ腰を下ろす。そうやって、リストラされたマダオ宜しくさわさわ揺れる薄紅色の舞う風景をぼんやり眺めている様からは、とてもこの男はつい先刻、伏魔殿と渾名される幕府の中枢で立ち回り、一つの法案を通してきたなどとは信じられないに違いない。
 時の流れと共に、攘夷志士を標榜する者が極端に減り、その意義を危ぶまれた武装警察を、治安維持の観点から更に広域のテロ・犯罪全般に対応する間口の広い組織へと地位を押し上げ確立する改正案。
 何もないところから仲間と共に刀一本で真選組を創り、育て、守ってきた男の集大成とも言える数年来の大仕事が、たった今終わったのだ。
 お疲れさん、とアイスクリンと呼ばれる昔ながらの安いバニラアイスを齧りながら軽い口調で呟けば、途端隣から、は、と鼻で笑う声が聞こえてくる。ああ本当に、可愛くない。
「何言ってやがる。これでようやくスタートラインに立っただけだ。これからまだまだ、やることなんざ山ほどあらぁ」
 海千山千の幕臣達と遣り合って、松平に頼らず予算をもぎ取り、今まで以上に部下を育てあの男を上へと押し上げて。
 いやそれよりもまずはとにかくさっさと帰って、文字通り山積みになっているだろう部屋の書類を片付けなければと語る男の声音は、浅息混じりだというのにどこまでも本気の響きを持っていた。
 これが最後の仕事だなんて、微塵も思っていない声。きっとその視線は、近藤達と駆け続ける未来だけを真っ直ぐ見据えているのだろう。
 誰が何と言おうとも、城の御殿医にすら手の施しようがない末期の病と匙を投げられようとも、こいつ自身が終わりにする気がないのなら、銀時にそれを止める権利はない。止めようとも思わない。
 けれど。
「……仕事仕事もいいけどさぁ。ちったぁ恋人も構ってくんなきゃ、いい加減銀さん拗ねちゃうよ?」
「っは、てめぇがそんな殊勝なタマかよ。……だがまぁ、そうだな。一番厄介だった案件にどうにか片がついたんだ。もう暫くすりゃ、ちったぁ落ち着く。そしたら、酒でも持って、夜桜見物と洒落込むか」
「へいへい、期待しねぇで待ってるよ。精々桜が散らねぇ間に一つ頼むぜ、副長さん」
 どこかでどっと、酔漢達の陽気な笑いが巻き起こる。
 公園のそこここに建てられた屋台から、暖かい風に乗って鼻腔を擽る焼きソバやたこ焼きのソースの匂いに、自然くう、と腹が鳴る。
 病に蝕まれる前は、それらにアホほどマヨネーズをかけて食べるのが好きだった男の身体は、この一年で目に見えて肉が削げていた。
 それでも、より体力を奪う延命治療を頑なに拒み、感覚が鈍るからと痛み止めのモルヒネさえほとんど使おうとせず、精神力で耐え切ってきたからだろう。一分の隙もない隊服に身を包み刀を差して颯爽と街を歩く足取りと鋭い眼光だけは、以前と何一つ変わらない、どこまでも自分の愛した男のままだった。
「……そろそろ、戻らねぇとな」
 待ち伏せしていた銀時に半ば強引に手を引かれ、城からそのままここへ来てしまったから、屯所で待っている近藤達のことが気がかりらしい。吐息に混じらせ呟いたその科白に、銀時はまた小さく笑った。
 いつまで経ってもゴリラゴリラ。そんなところも、本当何も変わらない。全くもって可愛くない。
「一応電話で連絡したんだろ?だったらまだいいじゃねぇか。今日ぐれぇゆっくりしたって誰も文句言わねぇよ」
「…てめぇはあの書類の山を見てねぇから、そんな暢気なことが言えるんだ。油断してたら東北の豪雪並に紙が積もって、あっという間に大雪崩だぞ。信じられるか?」
 さわり、とまた風が吹く。視界の端で黒い髪がふわりと揺れたかと思うと、やおらことりと右肩に僅かな重みが乗せられた。
 その部分から、次第にじわりとした温もりが布越しに伝わってくる。それは土方にとっても同様だったのか、肩口にすり、と額を押し付け、安堵したような深い吐息をほう、と漏らした。
「ったくあいつら、いつまで経ってもデクスワーク全部人に押し付けやがって」
「おめーが甘やかすからだろうがよ。一回ストでもやってみりゃいい。ちったぁ懲りて反省でもすんじゃねぇ?」
「懲りる前に真選組が壊滅する。そんで結局、全部俺に返ってくる」
 もう体験済みだと忌々しげに吐き捨てた科白に、銀時はご愁傷様と笑いながらまたアイスを頬張った。
 既に乗せられていた氷菓子の部分はほとんど食べ切っていたので、コーンの縁をさくりと齧る。
「ま、頼りにされてて結構じゃねーの。頑張れフォロ方くん」
「冗談じゃねぇぜ。近藤さんは相変わらずストーカーだし、総悟はドエスの破壊心だし……山崎は地味だし、原田はハゲだし、よぉ……」
「まだまだゆっくりできねぇなぁ、お母さん」
 さくり、とまたコーンの縁を齧りながら揶揄えば、土方は銀時の着物に頬を擦り寄せるようにして、小さく笑ったようだった。
「……たりめー、だ。あいつら、俺がいねぇと、何しでかすかわかんね…から……」
 もう、帰らねぇと、と。
 長い、長い吐息に乗せて呟いた言葉が、麗らかな春風に浚われ溶けてゆく。
 右肩に乗った重みがいよいよ増して、ぽとりと小さな音を立て、その足元に男の手から滑り落ちた手付かずのアイスクリームが半ば溶けかけ地面へと転がった。
「おーい、多串くん?」
 酷ぇなぁ、折角奢ってやったのに。実は結構美味いと評判だったのに。そう口を尖らせるのにも、傍らの男からいらえはない。さわさわという優しい風にふわりと舞った桜がひとひら、半ばまでなくなった自分のコーンの中へと落ちてくる。
 ああ本当に、いい天気だ。朝のニュースで結野アナが言っていた通り、まさに絶好のデート日和。現にこうしている間にも、目の前を何組もの幸せそうなカップルが腕を組んで通り過ぎてゆく。
だと言うのに、我が恋人のなんとつれないことだろう。
「―――…アイス一つ食べる暇もねぇなんて、相変わらず忙しねぇなぁ十四郎」
 そんなに早くいかなくたっていいだろうにと苦笑しながら、桜の花びらが混じったアイスの残りを全て頬張り、さわさわと頭上で揺れる薄紅の音に酔いしれるように瞳を閉じる。
右肩はまだ、暖かい。こんなにも、こんなにも。なのにお前は、もういない。

 さよならも言わせてくれないなんて酷い奴だと詰ろうとして、けれど結局それもいつものことだと思い出す。
 このゴリラ中毒の仕事馬鹿は、デート中だろうが何だろうが、電話一つで自分を蹴倒し、悪ィまたなと少しも悪びれない科白を残して上着を羽織り駆け出した。よく考えれば、別れの言葉なんて互いに一度も言ったことなどありはしない。
 そんなろくでもない恋人が、けれど自分はとてもとても好きだったから。いつだって、真っ直ぐ前だけを見詰めて走り続ける綺麗な背中を苦笑混じりに見送るのが好きだったから。だからきっと、これでいいのだろう。

 ゆっくりと瞳を開けて、しな垂れかかる男の懐へ勝手に手を入れ、内ポケットに入れられた携帯電話を探り出す。そうして、着信履歴の最初にある番号を呼び出しボタンを押せば、数コールと経たない内に聞きなれた男の声と繋がった。
 携帯を耳に当て、銀時がよぉ、と第一声を発しても、何故お前がと問い質されなかった辺り、もしかしたらこの男も何かを感じていたのかもしれない。
「悪ィなゴリ。多串くんがうっかり眠り込んじまってよぉ。……ああそうそう、去年花見やった、城の近くのでかい公園。…そう言うなって、何週間会ってなかったと思ってんの。ま、これもう起きそうにねーからよ、悪ィけど誰か迎えに……ああ、ああ大丈夫だ。ガキみてぇに暢気な面して、幸せそうに寝てやがるよ」

 肩口に乗せられた癖のない綺麗な黒髪にそっと頬を寄せて紡いだ穏やかなその声は、さわさわ揺れる麗らかな風に乗り。薄紅色の花弁と共に、澄み切った青い空へと舞い上がり、どこかへと溶けていった。



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さよならだけが人生だなんて、言わないよ。



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